WEBデザイナーへの道のり
1.
WEBデザイナーになってしまった
周知のことだが、日本は今もなお不況の影響下から抜けきれないでいる。バブルなんていう異常な時代のツケは、これまた異常に長い。私はもう20年以上グラフィックデザイナーなどという仕事をしているので、当然バブルの異常な時代も知っている。もらっている本人が「こんなにいただいていいんでしょうか」っていう金額のギャラを企業は惜しげもなく出していたのだ。ああ、おいしい時代だったなあ。
ところがバブルははじけ、企業はしわくなってきた。どういうわけだか、一気にではなく徐々にだったのだが。ギャラの額は下がり始め、広告類を出し惜しみするようになってきた。経費削減は広告費から、というわけだ。
そこへもってきてインターネットの急速な普及。企業は乗り遅れたらたいへんと、こぞってWEBページを作り始めた。そして、気付いたのだ。いままで紙媒体だったものをやめて、WEBページにしてしまえば安上がりだゾ、ということを。
そして、エコロジーなんていう言葉が幅をきかすにつれ、資源節約が企業の課題にもなってきた。それには、紙媒体の削減を実現するWEBページこそ最適いうわけだ。
PDFファイルやカラープリンタの普及も相まって、いままで印刷していた社内報のようなものは、真っ先に姿を消し、社内伝達用のイントラネットに変わってしまった。ネットにアクセスして、モニタで見るだけ。必要ならば自分でプリントアウトすればいい。
社内向けばかりではない。若年層のインターネット普及率ははなはだしいので、商品宣伝やショッピングはもちろん、会社案内、入社案内もWEBページ花盛りである。店頭でカタログをとってくるなんてせずに、ネット上でPDFファイルのカタログを手に入れる人も増えてきた。
そういうわけで部分的にではあるが、WEBページおよびPDFファイルが最終形態というものすら出てきた。こうなると当然、美観などというのは二の次三の次。どうせモニタで見るだけか、カラープリンタの最終出力になるのだから、バリバリにピンの合った高画質※1 の写真は必要なくなり、カメラマンに頼んでいた写真はデジカメ素人写真に取って代わる。微妙な色調節なんかしてもしょうがない。金に糸目をつけずひたすらクォリティを追求して、特色※2 をバンバン使っていたバブルの頃とのなんたる落差。
質が落ち、単価は下がり数も減る。広告媒体のグラフィックデザイナーは、じりじりと追い詰められていった。
広告代理店もいままでとパターンが変わってしまったので、いきなり企業からWEBページをといわれても、つき合いのあるWEBデザイナーという人材がいない。また、印刷物とWEBページをセットでお願い、となると新規のWEBデザイナーはグラフィックができないとあって不都合である。そこで、いままで付きあいのあるグラフィックデザイナーに、「WEBの勉強してよ」となるわけだ。
かくして2001年の春、私は受験生の時でもしなかったようなひと月半の猛勉強の末、ついにWEBデザイナーになってしまったのだ。
1. 通常の印刷物の写真は解像度300〜350ピクセル/インチ。WEBページの写真は解像度72ピクセル/インチ。
2. 通常の印刷物はシアン、マゼンタ、イエロー、スミの4色。それ以外の微妙な色合いのインクを使って、5色刷りや6色刷りにすると深みと高級感のある仕上がりになる。当然料金もかさむ。
2.
WEBデザイナーへのお誘い
私は2001年の春に勉強をし、晴れてWEBデザインの仕事をするようになったのだが、実はWEBデザイナーへのお誘いは、それが始めてではなかった。
最初はまだインターネットそのものがあまり普及しておらず、なんだかうさんくさいものに感じられていた頃だった。企業から印刷物とWEBページをセットで頼まれた代理店は、仕方がないのでぼちぼち台頭してきていた若手のWEBデザイナーと、我々グラフィックデザイナーとに別々に仕事を頼んでいた。で、その時言われたのだ。「WEBの仕事する気ない?」と。
その時の私の浅い知識では、WEBデザインというのは、最近ではそれを簡単に作るソフトはあるらしいが、HTMLという英語と数字と記号だらけの暗号文を知っていなければならなくて、なんとなく理数系の人間のやることで、手間の割に利益は薄いらしいというかすかな認識しかなかった。
代理店のKさんによれば、「やっぱりいくらソフトがあるっていってもHTMLは読めないと仕事はできないね。」ということだったので、まずやる気が失せた。さらにギャラの件では、「そうだよねー、この仕事のギャラ、WEBの料金は印刷物のデザインの半分くらいだものね。」と言ってしまったのだ。もちろんこの一言で、もともとそんなになかったWEBデザインへの意欲がまったくなくなってしまったのは、言うまでもない。
しかし、うさんくさく感じられていたインターネットも徐々に市民権を獲得し、インターネット無しの未来はあり得なくなってきた1998年、今度は別の代理店のOさんに言われたのだ。「これからはWEBの仕事ができないと困るよ」と。
ただ、このOさんは非常に新しいもの好きだったのと、「WEBの仕事ができないと困るよ」の困るは、自分たちが、という意味であることを見抜いてしまった私は、やっぱり今ひとつ乗り気になれない。しかし、この時私は「これを貸すから」と、WEB作成用のソフト「Dreamweaver」「Fireworks」「Flash」の3点セットとマニュアルを強引に押し付けられてしまったのだ。(これは違法です。ごめんなさい。でも、その後ちゃんと自分で買いました。)
こうなったら仕方ないと、「Dreamweaver」をいじくってみたところ、これがめちゃめちゃ難しい。はっきり言って理解不能である。しかし、画像を加工する「Fireworks」は日常的に使っている画像ソフトに操作が似ていて簡単な上に、いままでなかった要素があって、とても面白いのだ。また、「Flash」は画像が動くというまったく未知の領域で、これもすっかりはまってしまった。
結局、「Dreamweaver」はお手上げ。でも、WEBページを作るというのは面白いかもしれないから少しだけ勉強してみようかな、ということで、もっとお手軽な「PageMill」という一般向けのソフトを買い、初めてのWEBページ作りに挑戦をしてみることにした。それが、このページの前身、シナモンのページだった。
3.
WEBデザインの勉強というよりお遊び
「Flash」というのはいままで経験したことのない、画像を動かすソフトだ。別のソフトで作った画像や写真を動かしたり変形させたりするのが面白くて、とにかくこれでなにかを作りたい、というところから勉強は始まった。
そして、我が家の愛犬のシナモンがおすわりしている写真をクリックすると「お手」や「ふせ」をしたりするアニメを作ろうと思い立ち、それを皮切りにシナモンのページは膨らんでいった。いろいろとページの企画を考え、コーナーを作り、もはや勉強ではなく完全に遊びの領域である。
肝心のHTMLを書くソフトだが、「PageMill」というのは素人には扱いやすく、HTMLなど知らなくてもすいすいページができてしまうものだった。しかし、ページを作ってみて一番感じたのは、グラフィックと違ってちっとも思い通りのものができないということ。文字の大きさはブラウザによって違ってくるし、ここをあと1mm詰めたいと思ってもできない。できるだけアバウトなデザインにしておかないと、どこかがくずれてしまう。
そして早々と出た結論は、これじゃあ、とてもじゃないけど仕事にするなんて不可能、ということだった。
自分の好きなように企画変更できるページならともかく、仕事になったら、こうして欲しい、ああして欲しいといろいろな要求がどんどん出てくるはずなのに、解決の方法がまったくわからないのだ。
とにかく当時の私には、ブラウザによって文字の大きさや見え方が変わるというのは、WEBデザインというものの致命的な欠点に思えた。これがどうにかならないことには、絶対にプロとしての活動はあり得ない。そもそもの規格がなってないじゃないか。と、勉強もせずに思っていたのだった。
4.
いよいよ本格的に勉強
さて、月日は流れ、グラフィックデザイナーである私は前述のようにじりじりと追い詰められてきていた。そして2001年、3度めの「WEBの勉強してよ」になったのだ。
今度は代理店の方も追い詰められており、具体的にすでにできているページを提示され、数ヶ月後からこのページの更新を担当して欲しいという申し出だった。こうなるともはや逃げては通れない。本腰を入れてHTMLの勉強をする潮時のようだ。前回放棄した「Dreamweaver」を、マニュアルを買って最初から勉強することにした。
難しいのはもうわかっているので、厚さ1.5cm程のマニュアルを最初の1ページめから、丁寧に勉強していった。今回は腹を括っていたので、面倒だから省略、というのはなしである。HTMLの基礎の基礎からきっちり勉強したので、ソフトなしでテキストでも書けるようにすらなった。(今は書けない。忘れた。でも、一応読めはする。)
そして、前回つまづいたブラウザによる文字の大きさの違いも、Styl Sheetというものを使ってポイントではなくピクセルで大きさを指定すればクリアできることも学び、ようやくプロへの道が見えてきた。
まるまる1ヶ月かけて一通りマニュアルを勉強し終わると、かなりの自信がついた。しかも代理店から申し出のあったページをいったんバラして自分なりに作り直しすると、そのページの作り方の欠点すら見えてくるようにまでなったのだ。フッフッフッ、見切ったぜ、WEBデザインめ。基礎からやった者は強い。
やったやったと浮かれていると、代理店のOさんから連絡が入った。実にいいかげんな性格のOさんは、「こないだのページはね、もしかしたらやらないかもしれない。でも、こっちのページを来月からやって欲しいんだよね。これは、本決まり」
ところがところが、そのページをチェックしてみると、なんとマニュアルでぜんぜん触れていなかった言語がたくさん現れたのだ。Java Scriptである。私の意欲と自信はすさまじい勢いで萎えていった。そして、降参宣言をしてしまったのである。「こんなのデザイナーにできる範囲を越えてる!私にはできない!」
ところが、Oさんは「そのページはグラフィックデザイナーが独学で勉強して作ったのだから、ぞえぞえさんにできないはずがない」と言うのだ。Oさんの策略にまんまとはまった私は、この言葉で再び燃え上がり、新しいマニュアルを購入。HTML、Styl Sheetに続いてJava Scriptの勉強を始めたのだった。
5.
怪物 Java ScriptとWEBデザイナーデビュー
Java Scriptというのは、HTMLではできない新しいウィンドウを出したり、ポップアップメニューを作ったり、マウスオーバーで画像を変えたりといった楽しい小技ができるようになるスクリプト言語である。でも、楽しいのは使う側だけで、作る方は脂汗状態。HTLMに比べると格段に複雑な暗号文なのである。
ソフトが進化がするにつれ、よく使われる技に関してはソフト内の簡単な入力により書き込めるようになっていったのだが、当時私が使っていたソフトはまだそれほど進んでいなかった。今度こそ、英文と数字と記号の暗号の羅列を書かなければならなくなったのだ。
Java Scriptのマニュアルは、どう丁寧に読もうと理解しきれるようなものではなかった。最初に考えていた通り、完全に私が不得手とする理数系の世界だったのだ。それでももらったデータの引き継ぎだけはしなくてはならない。でも、書き起こすというのは絶対に無理。
私が完全に理解したのは、こういう風にしたいという要望があったら、テキストを読むなり、その技が使ってあるページを見つけるなりして、そこに書いてあるスクリプトをまるまるコピーし、そこに自分が作る文章なり画像を置き換えて作るという方法でしか私にはできないということだった。それですら、1字間違っただけで出なくなるので、まったく暗ーい気分にさせられるものだった。
しかし、引き継ぎのデータがあるということは、とりあえず新たに探しだしてくる必要はない。かなり先行き不安だったけれども、とりあえず仕事としては成り立つだろうという見通しは立ったわけだ。
こういうあぶなっかしい状態で、私はWEBデザイナーデビューした。そして、その後ソフトのバージョンがアップするまでの間は、本当にJava Scriptには泣かされた。
担当したページはかなり若向けのページで、今考えると普通のページに比べるとはるかにJava Scriptを多用していた。自動的に次のページに進むようにしたり、ページを開くと小さなウィンドウが同時に出てきたり、パスワード入力やらがその頃作らされた技である。担当者は毎月のようにこういう小技を使いたがった。その度に私は数冊のテキストをひっくり返し、ネット上のJava Script入門のようなページを探し回り、解決するまでは気が気でない日々を過ごしていた。
WEBデザイナーとしてのすべり出しは、けっこう苦痛に満ちたものだったのだ。
しかし、最初のレギュラーがここまで難物だったので、後がけっこう楽になっていったのも事実。バージョンアップしていくつかのJava Scriptを簡単に書き込めるようになったソフトの有り難みも強烈だった。
いまだにJava Scriptを見ると、気分は暗くなるし、ソフトに組み込まれていない技については、以前とまったく状況は変わっていないが。
6.
WEBデザインの面白さ
WEBデザインというのは、パズルゲームに似ていると思う。
私がいつも思い出すのは、子どもの頃やった四角いプラスチックケースの中に十字型やコの字型、L字型などの20種類くらいのパーツをはめ込んでいくゲームだ。並べ型の回答は幾通りもあって、これが正解というものがない。
WEBデザインも、ブラウザで見て同じであってもソースにしてみると幾通りものやり方があり得る。テーブルを1つだけ使えば作れるものでも、いくつものテーブルを入れ子にした方が実は管理がしやすかったり、文字の行と行の間のスペースの取り方を行替えでとると文字と文字の間隔は決まってしまうが、テーブルとspacerを使えば、間隔の微調整がきいたりする。こんな思惑がぴったりすっきり決まると、ゲームをクリアしたみたいな快感が得られるのがこの仕事なのだ。
さらに、さんざん悪し様に言ってきたJava Scriptだって難易度の高いゲームといえなくもない。Java ScriptのおかげでWEBデザイナーとしてのすべり出しは苦痛だったとは書いたが、実を言えば同時に楽しくもあった。やっぱりでき上がって画像が動いたりいろいろ機能が働いたりするのを見るのは快感である。わけのわからん暗号文がブラウザを通した瞬間に変貌するのだから。
そんなわけで、私はこの仕事をゲームとしても楽しんでいるというわけ。
さらに、WEBデザインの仕事の半分はサイトの管理と整理整頓にあるのだが、私はこういう作業もけっこう好きだ。
大容量のサイトはフォルダをこういう具合に作ってフォルダの中にindex.htmlを入れれば管理が楽なのかとか、この画像はこのフォルダからリンクを持ってくればいいのか、などなど新発見続出で、あまり飽きることがない。
だから、「デザインさえ良ければ裏はどうであろうといいじゃないか」って思っちゃう人や整理整頓が苦手な人は、WEBデザインをあまり楽しめないんじゃないかと思ってしまう。また、こういう性格の人が作っていると、大容量になってきた時必要のないデータがたまって無駄に重くなり、苦しくなってくると思う。
こんなふうにWEBデザインというのは、デザインの他のプラスアルファの要素がとても多いので、グラフィックデザイナーの誰もが転身して楽しんでこの仕事ができるとは思えない。おそらく私は性に合っていたということだろう。あまり仕事先の人には聞かせたくないことだがが、仕事の種類が増えたというよりも、新たに趣味が増えたっていう感じなのだ。
2005年4月20日